嵐、「第1リハーサル室に集まって…」オーディションの思い出とは?


みなさんは、嵐のメンバーがどういった経緯でジャニーズに加入したかはご存知ですか?
今では誰もが知っている国民的大人気グループだが、ジャニーズ加入前はみんながそれぞれの経緯でオーディションに応募していた。

嵐のデビューは1999年9月。クルーズでのデビュー会見も有名ですね。
もうすぐ結成14年を迎える。

「第1リハーサル室」での出会い…そしてオーディションまでの経緯とは…

(以下引用)

嵐がデビューしたのは1999年のことだ。9月15日にハワイのクルーズ船上で行った型破りなデビュー記者会見は今も語りぐさとなっている。その後11月3日にデビューシングル『A・RA・SHI』がリリースされたのだ。

(中略)

松本潤は、小学校時代に自分で履歴書を書いて送ったという。「社長から直接電話で『今、レッスンやってるからYou来ちゃいなよ』と言われた」とのことだ。その日は野球の練習だったが家族会議の末に「こんなチャンスはない」と結論が出て、親に“テレ朝の第1リハーサル室”へ連れて行ってもらったのが始まりだった。

他のメンバーもそうだが、アイドルの多くは本人でなく親戚や友人が応募した、あるいはすすめられたパターンが多い。小学生でありながら自分で応募したというところに松本潤らしさを感じる。しかも、ジャニー喜多川社長から直接声がかかった例は極めて稀なのだ。他には東山紀之や堂本光一がそうだとされるが、滅多にないといわれる。

櫻井翔の場合は、中学生の時に周囲の友人から「送ってみろよ」とけしかけられて、『じゃあいっときますか?』というノリで親にも内緒で応募した。そのためにオーディションの通知が届くと怒られたが、最終的には仕方なく“第1リハーサル室”まで車で送ってくれたそうだ。

二宮和也に至っては、「いとこが勝手に応募していた」という。彼は野球少年で芸能界にはまったく興味がなかったのだ。しかし、母親がおこづかいをくれるというので、電車に乗って“第1リハーサル室”に行った。

相葉雅紀はバスケットが大好きで、当時SMAPが番組でバスケをしているのを見て「一緒にやりたい」と口にしていた。それならばと周囲から応募をすすめられたことがきっかけで“第1リハーサル室”へ行くことになった。彼はその時にバスケットボールを持って行ったことを明かすと、メンバーから「道場破りみたいな!?」と呆れられていた。いかにも相葉らしい話だが、さすがに彼も“第1リハーサル室”には持ち込めず「階段の下にボールを隠してから受けた」と説明した。

大野智は母親からすでに応募したことを聞くと嫌がったが、逆に「あんたが受かるわけないじゃない」と母親がキレたらしい。彼もワケがわからずに「受かるわけがない」と思いつつ“第1リハーサル室”へ行ったのだ。その程度のモチベーションなので、窓から母親に手を振っていたところジャニー社長から怒られたという。

こうしてこの時、テレ朝の“第1リハーサル室”に5人がそろったのである。ジャニーズ事務所に入るのはその後になるが、大野智は1994年に所属しており、後の4人は1996年までに事務所入りしている。

そして3年後に嵐としてデビューすることになるが、当初はバレーボールワールドカップ用のユニットと勘違いしていたほどで大野智は「とにかく辞めたかった」とその頃の心境を明かす。それから今のブレイクに至るまでには語りつくせぬ努力があったはずだ。

この“第1リハーサル室”での出会いがなければ、今の国民的アイドルグループ“嵐”は存在しなかったと考えると、不思議な縁を思わせるエピソードである。

(引用:TechinsightJapan)

これに対してネットでは

「奇跡の出会い♡これは必然だねぇぇぇ♪」

「こーゆーエピソードなんかいい!なるべくしてなった嵐!鼻血でそーーーーヾ(*ΦωΦ)ノ」

「第1リハーサル室!メンバーも未だにこういった話とかってするのかな♪考えるだけで嬉しい!」

「皆、ジャニ加入の経緯が違っておもしろい。大野なんて、まさに大野らしいな」

などの声があがっている。

オーディションへの応募や動機はそれぞれで、入ったジャニーズ。
そのタイミングや才能などが全て揃って結成へと結びついた嵐。
この国民的大人気グループの誕生は偶然ではなく必然と言っても過言ではないと感じますね。

いつか、この「第1リハーサル室」で嵐の歴史を振り返るような企画があったら面白そうですね♪

みなさんはこのニュース、どう思いましたか?

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